ライト、ついてますか?ー問題発見の人間学(Donald C. Gause, Gerald M.Weinberg)
私たちを取り巻く環境には、常に「問題」が溢れかえっています。しかし、「本当の問題はなにか」を理解する前に、「解決策」に飛びつく人が多いのは悲しい事実です。
本書は、そんな「問題」についての理解を深めさせてくれる、とてもわかりやすく、かつ深い一冊です。
「問題」は下記のように定義することができます。
問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の間の相違である
一般的に問題とは発生している事象を解消すること、と捉えられがちですが、上記の定義から言えば
問題は、欲求を変えることまたは認識を変えることによって解決できる。例えば認識については、エレベーターの待ち時間を本当に短縮することによって変えることもできるし、それを短く見せかけることによって変えることも可能である。
となります。実際、本書の中にある例では
「ビルのエレベーターの待ち時間が長く、従業員がしびれを切らしている」
という事象について
「エレベーターの待ち時間が長いと感じる」
ということを問題と捉え、安価な解決策としてエレベーターの待合場に鏡を置くという解決策を実行し、一時的に問題を解消しています。
しかし、本書の例では本質的には
「エレベーターの運行速度が故障により極めて遅くなっていた」
が問題でしたし、また、もう少し俯瞰してみれば
「隣のデパートは客が来ない」ので「エレベーターの稼働が余っていた」という別の問題と組み合わせ、
「隣のビルとフロアを繋ぎ、エレベーターの稼働を借りる代わりにビルの従業員を毎日デパートに送客する」ということで、両者がWin-Winになる解決策もありえました。
その現象は、「誰にとってのどんな問題なのか」を考えることにより解決策は大きく変わってきます。
さらに、「ある問題を解くことにより、一つ以上の別の問題を発生させることになるのが普通である。」と述べられています。
すべての解答は次の問題の出所
例えば、エレベーターの例では踊り場に鏡をおいたことで、落書きが発生しました。そして、最終的にエレベーターの速度が標準に戻ったことで、今度は駅の改札、ホームにラッシュが起こり、そこで人身事故が発生しました。(オーナーさんが亡くなるという悲しい結果...)
また、問題がある、と自分が思っても、それを解決する手段を行使できる人にとってはそれが問題で無い、という場合があります。エレベーターの例では、
「そのビルのオーナーは人よりも早く出社し、遅く退社をするし、郵便も、ランチもデリバリーされるので自分でラッシュのエレベーターを見ることも、それで苦しむこともなかった」
ため、オーナーにとっては他人事です。
その場合の教訓は下記になります。
もしある人物が問題に関係があって、しかもその問題を抱えていないなら、何かをやってそれをその人物の問題にしてしまおう
例えば、従業員全員がエレベーターによる苦痛を州政府に訴える、全員でストライキする、はたまたビルを物理的に破壊する、などの申し入れをオーナーに行うことで、オーナーはエレベーターの問題が「自分ごと化」します。
そしてもう一つ、問題を解決する際に意識すべき大切なことがあります。(本書の中では数ページしか割かれていませんが、タイトルにもなっていますし、個人的にもとても勉強になった部分です)
それは、「どう伝えるか」です。
とある観光地に繋がる山々を貫いた長い長いトンネルが開通しました。トンネル内はもちろんしっかりと照明がついていますが、停電のときに大事故が起こるのを防ぐために、トンネルの入り口に標識を出したのです。
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注意 前方にトンネルがあります
ライトをつけて下さい
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もちろん、一見すると何の問題も見受けられませんでした。しかし、これは新たな問題を生み出しました。
トンネルの先の観光地で、ライトを「つけっ放し」にした観光客が多数続出し、車のバッテリーが上がることによって関係者はその対応に追われた上に、観光地にとっても好ましくない風評が流れてしまったのです。
担当者は、それを自分の問題として認識し、運転手や乗客たちのために幾つかの解決策を考えることにしました。そしてそれを標識に記載するならこうなります。
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もし今が昼間でライトがついているなら、
ライトを消せ
もし今暗くてライトが消えているなら、
ライトをつけよ
もし今が昼間でライトが消えているなら、
ライトを消したままとせよ
もし今暗くてライトがついているなら、
ライトをついたままとせよ
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こんな長い標識を読むドライバーはいないですね。むしろ事故の危険が高まります。
そこで、考え方を変えてみました。今度は、ライトに関する問題を「運転手の問題」として認識し、それをサポートするような意識にしたのです。
すると、驚くほどすんなりと解決策を考えだすことができました。
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問題の当事者である運転手自身は普通はこの問題を解決したいと願っており、それをちょっと「思い出させるきっかけがある」だけで十分だからです。
そして大事な教訓です。
もし人々の頭のなかのライトがついているなら、ちょっと思い出させてやる方が、ごちゃごちゃいうより有効なのだ
また、重要な観点として、この問題は相手が悪い、と思いがちな私達にとって、その主体を自分に一旦置き換えてみる。自分が何かできないか、を考えてみるというのも重要です。
問題の出所はもっともしばしば我々自身の中にある
官僚組織にいるお役人さんに入国審査を受けている女性は、一通り相手を心のなかで非難した後に上記を考え、
「そうか、私も相手のことをお役人、として扱っていた。一人の人間として見ていなかった。だから名前を聞くことすら怠っていた。」
とひらめき、そこからお互いの共通点が明らかになり、問題はスムーズに解決していきました。
そして最後に「とはいえ、問題について考えている暇なんてない。一刻も早く解決策を出さないといけないんだ」という方に教訓が書かれています。
ちゃんとやる暇は無いものの、もう一度やる暇はいくらでもある
ちょっと訳は古めかしいですが、「解決策に飛びついてから、それがダメだと気づいて、または言われてやり直す」、ということは誰にでも経験があると思います。そのやり直す暇があるのなら、最初に問題をよく考える暇もありますよね?という古いことわざらしいです。
とても勉強になります。本書は社会人として、必読の一冊です。読みやすいですし、インパクトのある事例ばかりで頭にも入ります。