おすすめビジネス書の書評サイト

ビジネス書、何を読むべきか...と悩みますよね。ランキング上位を買ってみても、案外学びにならなかったり。そんな思いから、おすすめの本を書くことにしました。外資系戦略コンサルなどで勤務してきた私が、今までに読んだ本の中で皆様におすすめのビジネス書を紹介していきます。この書評が参考になれば嬉しいです。

ミライの授業 (瀧本哲史)

瀧本哲史さんが中学生向けに公演した内容を本にしたものです。とてもわかり易い事例ベースで、思考と行動を促す内容に仕上がっており、読み応えが有ると同時に色々と考えさせられます。

 中高生のお子さんがいるかたは、子供と一緒に読み議論してみるのはいかがでしょうか。

ミライの授業

 

 

世界を変える旅は「違和感」から始まる

ナイチンゲールは天使のようなイメージが持たれがちだが、天使のような優しい看護をしたというわけではない。彼女は下品な職業と思われていた看護の世界に飛び込み、統計学を持ち込み、衛生環境を改善することで病院で救われる命を圧倒的に増やした。高貴な身分が看護の世界に入ること、また、学問を看護の世界に導入すること、双方が異例であった。
当時、病院の衛生環境は劣悪で、害虫やカビがはびこっている場所にけが人・病人が詰め込まれていた。戦争で怪我をして死ぬ人よりも、病院に担ぎ込まれた後に伝染病などの病気にかかって死ぬ人のほうが30倍多かった。(これもナイチンゲールが明らかにするまで誰も知らなかった)
上流階級から看護の世界へ、そして戦争現場へ、ということで人気を集めていたナイチンゲール統計学に基づいたレポートを世に出したことで政府が動き、病院の衛生環境が改善されていった。
 

常識にとらわれると、真実を見誤る。

あまり知られていないが森鴎外は将来を期待されていた医学者だった。ドイツに留学しロバートコッホに学んでいた。その森鴎外は、当時大きな社会問題となっていた脚気日露戦争では戦争で死ぬ人のうち数割を脚気による病死が占めるほどだった。)の原因を「細菌」だとみなし、脚気菌の発見に躍起になる一方で治療法を見つけられなかった。当時は原因不明の病、となると目に見えない細菌に原因を求める風潮が合った。
一方、海軍の高木兼寛という軍医は、脚気が起こっていない欧州と日本を比較し、摂取している栄養に問題があると仮説を持ち、対策を実験していった。結果、洋食や、米の代替としての麦を食べた海軍兵で脚気にかかる人が減少していった。
後に原因はビタミンB1不足だとわかり、高木兼寛の説が近かったことがわかった。
ちなみに、海軍では栄養をつけるためにカレーライスが考案され、広く日本人の間に広まっていった。
 

冒険には「地図」が必要だ

ビル・ゲイツは13歳のときにコンピュータに出会った。そして、将来的に世界中でコンピュータが流行るだろうと予感した。ハードを作るメーカーはたくさん出るだろうが、中身はおなじになるのでは?という予想を持っていた。
IBMが先行するアップルに追いつこうと家庭向けコンピュータ(PC)を開発する際、ソフトウェアを外部に開発委託することにしたとき、実現する確信はなかったものの立候補し、ベースを他社から買い取った上でMS-DOSを開発。そしてそのOSを他のコンピュータメーカーにも販売していった。そして、ハードではなく、ソフト面からコンピュータを支配した。
 

世界を変える発見は「空白地帯」から生まれる

2015年にノーベル賞を受賞した大村智は、農家に生まれ、病気で寝たきりになった時期をきっかけに大学を目指すことになった。そして教師になり、生徒の勤勉さを見て一念発起、自分も何かを成し遂げることをめざす。そして生物学で研究を進めていたとき、より極めるためにアメリカに渡ることを周りに提案された。そして研究員として働きたいと応募を出すと、ハーバード他5つの大学全てから破格の給与でオファーが得られた。大村は給与も低く、知名度も高くなかったウェズリアン大学を選択。理由は、唯一客員教授として迎えてくれたからである。
そこでも偶然が重なり、大きな予算を扱い研究をしたり、業界の著名人と議論を重ねたりすることができた。
そして日本に戻った後は、大村流と呼ばれるようになる企業との共同研究の方法を開発。最初に小規模の研究費のみをもらった後、開発した権利を企業に譲渡、製品として売上になった後には一定の割合で費用をもらうという仕組みである。その仕組みで製薬会社のメルクから研究費をもらい、開発を開始。
その開発でも、あえて空白地帯だった動物向けの感染症薬を選択。動物向けで広く使われたなら、人間向けでも使えるだろうと予想してのことだった。伊豆で入手したある土にいた菌をもとに動物向けの感染症の薬を開発、2年後には売上が世界最大の動物薬になった。その後、予想通り人間にも有効であることがわかり、アフリカで2億人を失明から救ったと言われている。
 

一行の「ルール」が世界を変える

ココ・シャネルは、女性はコルセットをし、働くことなく男性に養ってもらうべきだという「男性に媚びへつらう女性」という像を変えたかった。そのため、動きやすいファッションをデザインし、ライフスタイルの変化を生み出していった。ちょうど第一次世界大戦により男性の働き手が不足し、女性が社会進出すべきタイミングと重なって社会現象となり、「シャネル前後」で大きく時代が変わった。既存の文化を完全に葬り去ったため「皆殺しの天使」とも呼ばれた。

 

 

すべての冒険には「影の主役」がいる

鉄の女として有名な、マーガレット・サッチャーは女性軽視の社会という逆境で成功を収めた。しかし、その裏には献身的な夫の存在が合った。
サッチャーは議員になり国を変えようと志したが、「女性が政治をやるべきではない」という考えを、特に女性の有権者から付きつけられ、2度も当選を逃した。その過程で実業家である夫に出会い、結婚、子供を出産した。出産後、何かを身に着けて改めてチャレンジしたい、という思いを夫に相談、快諾を得たサッチャーは4ヶ月後の弁護士試験に向けて猛勉強。見事合格した。
3度めの選挙では肩書も、出馬する場所も変えた。「敏腕女性弁護士」として、保守派が強い選挙区から出馬し、見事当選。その後党首まで上り詰めたが、戦略面も含め、常に影には夫のサポートが合った。
女性はこういうものだ、という逆境を、良き理解の夫という影の支援者の力を借りながら乗り越えていった。
 
 
伊能忠敬は実業家として成功した後に、50歳になってから本当にやりたかったこと、測量にチャレンジし、圧倒的な成果を残した。地球の大きさの精度を数%の誤差で測量し、北海道に始まり、全国の精緻な地図を描いた。
そんな伊能忠敬が測量するためには、各藩の中を自由に動き回る必要があった。そんな伊能の夢を実現すべく協力したのが高橋至時である。幕府のお墨付きを得るため、「外国から蝦夷国を守るために測量が必要だ、そのために許可をくれ」というのを必死に説得した。結果、幕府は費用は出さなかったものの、許可はくれたため、伊能忠敬は旅を始めることができた。
 
 

ミライは逆境の向う側にある

ハリー・ポッターの作者、ジョアンは作家になりたいという夢を周りに言えないままアムネスティで秘書として働いていた。ハリー・ポッターの構想を電車の中で思いついた後も働きながら少しずつしか書き進めていなかった彼女は夫と離婚し、娘と二人暮らしになり、生活に困窮した。
作家になる夢を諦めようかと悩んだとき、諦めをつけるために妹に原稿を読んでもらった。そこでいい反応でなければきっぱり諦めようと思っていたところ、絶賛された。そこで、定職につかず、生活保護を受けながらも「賢者の石」を書き上げた。しかし、「児童書は2万語」が常識とされる中でその倍以上の分量であること、また、無名であることから、12以上の出版社から出版を断られた。
そんななか、同様に断ろうと思っていた編集者が、たまたま原稿を家に持って帰ったところ、8歳の娘が勝手に読み「他のどの話よりも面白い!」と大絶賛。そこで出版してみることにした。しかし、女性の名前だと男性が買ってくれないかもしれないという理由でペンネームを求められ、JKローリングにし、初版は500部で、原稿料は25万円程度。
出版後の結果は誰もが知るとおりである。
 
 
 
 以上です。投稿のペースが落ちてきました...
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